「人生にユーモアは必要ですか?」
と、わたしはある日、恩師に質問したことがありました。
きっと答えは「Yes」であることは解っていました。
それでも、いつだって恩師は、返答の後に含蓄のある言葉を披露してくださることを知っていたので、あえて訊いたのです。
恩師はその質問にすぐさま、
「Yes, Yes…!」
と、強調ぎみに答えてくださった後に、言葉を続けてくださいました。
「Life is short…」
(人生は短いものです・・・。)
「So there’s nothing more wasteful than spending time complaining.」
(だからこそ、不平不満を言うことに時間を費やすことほど無駄なことはありません。)
「Please wake up, and live in wisdom.」
(どうか目を覚ましてください、そして知恵に生きてください。)
その後も、逸話を交えながら暖かい言葉をくださいました。
言葉にしてしまえば、それは月並みなことかもしれません。
それでも、それを敢えて愛情深く語ってくださる方がいることは幸せなことだとわたしは思っています。
その人を通して、物事の深いところにある真実に触れることができることの素晴らしさ・・・。
ただ会うだけで、短い時間を共にするだけで元気をもたらしてくださる人は貴重です。
あえて言葉にするまでもないことですが、ユーモアには、自分だけでなく人を元気にする力もありますね。
わたしは、昨年の春から海外のオンライン授業を受ける機会を得ました。
当時、英語はほとんど話せない状況だったのですが、言葉の前後の言い回しを注意深く聴いたり、その場の空気を読むことなどを繰り返しているうちに、ざっくりとですが何を伝えようとしているのかが解るようになっていきました。
ただし、時々行われるグループでの議論の際には、すぐに適切な言葉を返すことができませんでした。
わたしはその都度、あまり英語が得意ではないことを正直に伝えた後、ジェスチャーを交えながら、知っている言い回しや単語を総動員して、懸命に伝えようとしていました。
時には、伝えたいことがほとんど伝えきれずに呆れられてしまったこともありました。
悔しい気持ちと、申し訳ない気持ちを噛みしめながら、それを学ぶモチベーションに変えていました。
そのようなことが続いていたのですが、その姿を見ていた多くの方々は、
『何だか面白い外国人が熱心に学んでいる。』と、感じていたようです。
その中のある人からは、
「わたしの娘は日本語を学んでいるのよ。頑張ってね。」と、メッセージをいただきました。
これまでの人生でも、誰かからのユーモアに励まされたことが度々ありました。
そして、わたしも時には面白いことをして、周囲を和ませてきたことも沢山ありました。
それらは、誰にでもできるひとつのエネルギー交換法です。
さらに言うと、相手を思う気持ちや、子どものような純粋な気持から発生したユーモアはとてもパワフルです。
古くからの言葉で”芸は身を助く”という言葉がありますが、”ユーモア”もまたその”芸”のひとつに値するのではないかとわたしは思っています。
コメント